ペンギンをおいかけて|絵本作家fukiさんのストーリー

   

絵本作家fukiさんが描くアデリーペンギン
「なんて言ったらいいんでしょう…」

彼女の口から、度々そんな言葉が出てくる。まるでふさわしい言葉を探して、自分の心に問いかけているかのように。もしかすると、彼女はずっとそうしてきたのかもしれない。絵本作家になるという夢を抱いた小学生の時から、今までずっと。

これからお話するのは、絵本作家fukiさんのストーリー。1度は諦めた夢の道へ、再び足を踏み出した女性のストーリーである。

「きっかけは、ペンギンだったんです」
その一言は、彼女が発した他のどの言葉よりも、淀みなくはっきりと私の心に響いた。

彼女は、お絵描きと動物が大好きな子どもだった。家ではカナリアを飼っていた。犬を飼いたいと思った時期もあったが、ゼンソクを持っていたため叶わなかった。
彼女はよく動物園に出かけた。中でも「井の頭動物園」は、今でもよく通うお気に入りの場所だという。

絵本作家を志したきっかけは、小学6年生のときに行った「ピーターラビット」の展示会だった。そこで、イギリス人の絵本作家「ビアトリクス・ポター」の経歴を知った彼女は、大きな衝撃を受けたという。
19世紀のイギリスでは産業革命が進み、豊かな自然が次々と破壊されていた。ビアトリクスが活動の拠点とした湖水地方も、例外ではなかった。そこでビアトリクスは、自分が出版した絵本の印税を使い、物語の舞台となった土地の自然を保護する活動を開始した。印税は、農場や土地の購入、歴史的建物や自然景観を保護する団体の創設と支援に使われた。イギリスの湖水地方の自然とそこで暮す動物たちは、ビアトリクス・ポターによって守られたのである。

展示会をきっかけに、彼女の絵本作家への夢は膨らんでいった。絵本を描くことで大好きな動物と関わり、絵本を通じて自然や生き物を守ることができると知ったからだ。

やがて彼女は、美術系に強い中高一貫校に進学する。そこには、絵が好きで、絵の才能に溢れた同級生が大勢いた。彼らの大半は、当たり前のように、さらりと巧みな絵を描いた。同級生のむき出しの才能は、磨く前から光を放つダイヤの原石の如く眩しかった。輝く原石を前にすると、自分がひどくちっぽけなものに思えた。

あるとき、彼女は絵の上手い1人の同級生にこう声をかけた。

「将来、絶対に絵を描く仕事ができるよ! 」

しかし意外なことに、同級生はそれは無理だと言い切った。絵は趣味にしかならないよ、と。その言葉は、謙遜しているというよりはむしろ、本心のように思えた。

絵を描いて暮らしを立てるのは簡単なことではない。だからこそ、類いまれなる才能が必要だと思っていた。しかし、その才能を以てしても叶えられない夢を、自分は見ている。彼女は、身の程を知らない自分自身を恥ずかしいと感じるようになった。

膨らみ始めたつぼみが、人知れず枯れてしまうように、絵本作家という夢を追いかけていた彼女のストーリーは、一度そこで途切れてしまう。高校、大学と進み、やがて社会人になった彼女が選んだのは、絵本とは全く関係のない仕事だった。このままでいいのだろうかと、胸がうずく日もあった。しかし、才能のない自分に何ができるというのか。劣等感と無力感という厚いベールが彼女の心を覆っていた。

あの日、あの動画に出会うまでは。

彼女はときどき、YouTubeで動画を眺めた。動物の動画を見ていると、自然と心が癒される気がした。その日、彼女が見ていたのは、アデリーペンギンの動画だった。陸や氷の上を2足歩行で移動するペンギンたち。ヨチヨチと歩くその姿は、お世辞にも俊敏とは言いがたい。しかし、水の中ではまるで違う。別の生き物に生まれ変わったかのように、水の中のペンギンは遠く深く餌を求め、高速で移動する。

氷の縁に、アデリーペンギンが立っている。ペンギンたちは、最後の1歩を踏み出そうとしては躊躇し、なかなか水に飛び込むことができない。水の中には、敵が待ち構えているかもしれないからだ。
ふと、画面に映るペンギンに自分の姿が重なった。

「このペンギンは、私そのものではないか」

飛び込むのが怖い。だから陸上をずっとウロウロしてきた。水の中には敵がいるかもしれないが、いないかもしれない。飛び込んだ先には、沢山の餌があるかもしれない。飛び込んでみなければ、何もわからない。それなのに自分は、チャレンジする前から諦めている…。

しばらくすると、動画の中のアデリーペンギンたちは、意を決したように次々と水の中に飛び込んでいった。

彼女もまた、ペンギンたちの後を追うことにした。
「水の中で、もっと自分は、自由になれるのではないか」

動画を見てすぐ、彼女は自分の今後について家族に相談した。しばらくして、彼女はフルタイムの仕事を辞め、時短で働ける仕事に転職する。そして、絵本作家として活動を始めるべく、絵本の専門学校に通い始めた。

やがて、彼女はペンギンを題材にして、一冊の絵本を作り上げた。タイトルは「雨すきペンギン」。創作の原点には、ある不思議な出会いがあったという。

ある雨の日、彼女が道を歩いていると、向かいからキャップ帽をかぶったおじさんが歩いてきた。「どうして雨の日に帽子なんかかぶっているんだろう…」不思議に思った彼女は、すれ違いざまにキャップ帽を見て驚いた。帽子の前面には、はっきりとこう書かれている。「I LOVE RAIN」

嘘のような本当の出来事をきっかけに、彼女の想像力は膨らんでいった。絵本の中で、ユニークな帽子のおじさんは、帽子を被ったペンギンのおじさんに姿を変えた。キャラクターに選んだのはヒゲペンギンである。《アゴの黒いラインがヒゲのように見える》という理由でその名がついたヒゲペンギンは、おじさんというキャラクターにぴったりだった。

絵本の中には、雨が好きになれないヒゲペンギンの男の子が登場する。そんなペンギンの男の子に、ペンギンのおじさんは教えてくれる。水たまりの美しさ、雨の日の草木や土のにおい…。

彼女は考える。美しいものや楽しいものは、普通の生活の中にあるのだと。あるいは、怖いとか嫌いだと思うものの中にも、それは存在するのかもしれない。

彼女が絵本に使うイラストは、新聞紙を使って作られている。色を塗った新聞紙を複数枚重ね、上にトレーシングペーパーを置いて切り取っていく。パーツを張り合わせて、1つの絵が完成する。

絵本作家fukiさんが描くヒゲペンギン

 

なぜ新聞紙なのかと訊ねる私に、彼女は答える。

「新聞には、色々なことが書いてあります。過去も未来も、やなこともいいことも。」

しかし、色を塗ってしまっては、そこに何が書いてあるかわからない…。そんな私の胸の内を察したように、彼女はこう続ける。

「色を塗ってしまえば、結局は見えないのですけれど。でも、表面には見えていなくても、本当は色々あるんです。それはキャラクターにも言えると思うんです。」

彼女自身についても、同じことが言える…そう言いかけたが、口には出さなかった。それは、そのまま私にも当てはまる言葉なのだ。

色々な思いを抱えて、人は生きる。ときに目標を見失い、落ち込んでも、何かをきっかけにもう一度這い上がることができる。例えばそれは、ペンギンかもしれない。

彼女は白黒の新聞紙に、美しい色を重ねる。イラストの背景に選ぶのも、鮮やかな色ばかりだ。色の決め方や選び方を、彼女は次のように語る。

「色には力があります。色がそこにあるだけで、元気がでるときがあるんです。私の目標は、動物が好きな人を増やすことです。そうすることで、動物たちが暮す環境をよくしたいのです。今の私にできることは、自分の作品を見てもらって、楽しんでもらうことだと思います。だから、絵本には明るい色を選びます。」

彼女は、もはや陸上のペンギンではない。自由にのびのびと泳ぐペンギンのように、想像力という名の羽を広げ、“創作”の大海原を飛び回る。唯一の道しるべは、「動物好きの人を増やしたい」という強い気持ちだ。これから先もきっと、彼女は描き続けるだろう。深くて広い、海の世界の話を。

 絵本作家:fuki
動物好き(とりわけペンギンが好き)。可愛いな・楽しいなって思う動物や出来事を絵にしています。
展示会などの情報は、インスタグラムに掲載します。
2017年の夏には、ZINE展を開く予定です。もちろん、ペンギンも登場しますのでお楽しみに!
Instagram

 

Interview/Text:水鳥 るみ(フリーランスライター)

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 - ペンギン本

        

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